千葉地方裁判所 昭和55年(行ウ)13号 判決 1984年4月24日
千葉県松戸市馬橋二三七番地二
原告
篠崎建設株式会社
右代表者代表取締役
篠崎皓英
右訴訟代理人弁護士
田中健恵
千葉県松戸市小根本字久保五三の三
被告
松戸税務署長
吉田和夫
右指定代理人
梅村裕司
佐藤恭一
岩原良夫
山岸義幸
神作昌嗣
中村友春
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告が昭和五三年三月二八日付で原告の昭和五一年八月一日から昭和五二年七月三一日までの事業年度の法人税の所得金額を金二、五八八万〇、三九一円とする更正処分のうち所得金額金一八七万五、七五一円を超える部分を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 被告
主文同旨。
第二請求原因
一 原告は、土木建築請負、土地家屋売買、ホテル経営等を業とする会社であるが、昭和五一年八月一日から昭和五二年七月三一日までの事業年度(以下、本件事業年度という。)の法人税について原告のした確定申告、これに対して被告のした更正(以下本件更正処分という。)及び過少申告加算税の賦課決定並びに異議申立・審査請求の経緯は別表(一)記載のとおりである。
二 しかしながら、本件更正処分は、原告の所得金額を過大に認定したものであるから違法である。
第三請求原因に対する認否及び被告の主張
一 請求原因一の事実は認める。
二 同二の事実は争う。
三 被告の主張
1 原告の本件事業年度の所得金額は、原告の申告に係る所得金額金一八七万五、七五一円に、売上計上もれ金二、四〇〇万七、一一七円を加算した金二、五八八万二、八六八円であるから、その範囲内でした本件更正処分は適法である。
2 右売上計上もれを算定、加算した根拠は、次のとおりである。
(一) 原告は、本件事業年度において、千葉県松戸市馬橋字中道南割二三七番地二他二筆に鉄筋コンクリート造六階建分譲マンション(以下、本件マンションという。)を新築し、土地付で販売したが、そのうちの一階一〇三号室、二階二〇三号室及び同二〇四号室(以下、一〇三号室、二〇三号室、二〇四号室という。また、まとめて本件物件ということもある。)を原告代表取締役である篠崎皓英(以下、篠崎皓英という。)に合計金額金一、〇〇〇万円で譲渡し、右譲渡益金一、〇〇〇万円を本件事業年度の益金に計上し、確定申告した。しかしながら、被告は、右取引が他の取引価額に比較して著しく低額であることから、原告に対し、右取引の経緯と低額で譲渡した理由の説明を求めたところ、何ら具体的な回答が得られなかった。
(二) ところで、本件マンションの譲渡状況は別表(二)記載のとおりであるが、右のような事情のもとでは本件物件の取引に関して次のとおり、時間的、場所的及び物件的同一性の点から最も類似する本件マンションの二〇二号室(以下、二〇二号室という。)の譲渡実例によって本件物件の取引価格相当額(譲渡時の時価相当額)を算定するのが相当である。
(1) 時間的、場所的同一性
(イ) 二〇二号室と本件物件は、同一敷地上の一個の建物を区分したものであって同時に建築されたものであることは明らかである。
(ロ) 二〇二号室は昭和五一年一一月二六日、原告から清水文雄及び清水和代に代金一、一二〇万円で譲渡されているが、本件物件のうち二〇四号室はこれと同日である昭和五一年一一月二六日に、また本件物件のうち一〇三及び二〇三号室はそれから間もない昭和五二年一月五日篠崎皓英にそれぞれ譲渡されているので、二〇二号室と本件物件は、ほぼ同時期に譲渡されたものということができる。
(ハ) 二〇三及び二〇四号室は、二〇二号室と同一階(二階)に隣接して所在し、一〇三号室は二〇三号室の真下の一階にあり、しかも直接道路に接しているため、他の物件に比べ室内への出入が至便である。
(2) 物件的同一性
二〇二号室及び本件物件は、前記のとおり、同一敷地上の一個の建物を区分したものであるから、基礎、構造等は、全て同一である。そして、いずれも事務所用として設計され、実際にも事務所として使用されていた。
(三) 而して、二〇二号室の土地の持分及び建物の一平方メートル当たりの譲渡価額は、別表(三)のとおり、土地については、金一七万八、九七〇円、建物については金一五万七、九四八円となるから二〇二号室と時間的・場所的及び物件的同一性の点で類似する本件物件の土地持分及び建物の一平方メートル当りの譲渡価額も、右と同一と認めるのが相当であって、その譲渡価額をもとに本件物件の土地持分及び建物の譲渡価額を算出すると、別表(四)のとおり、合計金三、四〇〇万七一一七円となり、これが、すなわち、本件物件の取引価額相当額である。
(四) ところで、法人が資産を譲渡した場合の譲渡益に対する課税は、資産が所有者である法人の支配を離脱する際に、資産の値上りという形で既に発生している資産利益を清算課税するものであるから、譲渡が無償又は時価より低簾な価格でなされたとしても、当該資産の譲渡時における時価相当額の収益があるものとしなければならないのは当然であって、本件物件に係る収益として前記時価相当額金三、四〇〇万七、一一七円を原告の本件事業年度の益金の額に算入しなければならないところ、原告は、実際の譲渡価額である金一、〇〇〇万円のみを益金に算入したにすぎないからその差額金二、四〇〇万七、一一七円は、原告の売上計上もれとして益金に加算されるべきである。
第四被告の主張に対する認否及び原告の反論
一 被告の主張に対する認否
1 被告の主張1の事実のうち、原告の申告所得金額は認めるが、売上計上もれ金二、四〇〇万七、一一七円があるとの点は否認する。
2 同2の(一)の事実のうち、前段は認め、後段は否認する。
3 同2の(二)の事実のうち、本件マンションの譲渡状況が別表(二)記載のとおりであること、同(1)の(イ)の事実、(ロ)のうち、二〇二号室は、昭和五一年一一月二六日、原告から清水文雄及び清水和代に代金一、一二〇万円で譲渡されているが、本件物件のうち二〇四号室は、これと同日である昭和五一年一一月二六日に、また、本件物件のうち、一〇三及び二〇三号室は、それから間もない昭和五二年一月五日篠崎皓英にそれぞれ譲渡されていること、(ハ)のうち、二〇三及び二〇四号室は、二〇二号室と同一階(二階)に隣接して所在し、一〇三号室は、二〇三号室の真下の一階にあること、及び(2)の事実は認めるが、その余は、争う。
4 同2の(三)の事実のうち、二〇二号室の土地持分の価額、その持分割合、建物の価額、その床面積が別表(三)のとおりであることは認めるが、その余は争う。
5 同2の(四)の主張は、争う。
二 原告の反論
1 本件物件には、二〇三号室と二〇四号室の間には間仕切りもなく、二〇三号室には手洗すら設けられていず、また、一〇三号室から二〇三、三〇四号室へ至る為に特別に内階段が設けられているが、これは、本件物件が当初から原告会社の事務室として使用するために建築されたものであるからである。もっとも、原告会社経営上の配慮から、原告代表取締役篠崎皓英が原告より購入し、会社に賃貸することにした。しかも原告は、これにより損害を被ったわけではなく、全体として利益を得ている。
右のような事情からすれば、本件売買が時価相当額をもってされなければならぬ理由はなく、この様な考え方は、所得税法第三九条に関する通達の趣旨にもよく合致する。
2 仮に、時価を基準とするとしても、本件物件の時価が本件マンション二〇二号室の売価を基準として定められるとすれば、その売価を定めたのが原告であるから、本件物件の売買において原告の定めた売買価格が時価を形成するものとする余地がある。
3 また、時価の算定は、二〇二号室の売価から単純に機械的に算出するのではなく、固定資産税評価額、公示価格、日照時間等を総合的に評価して定めるべきである。
第五証拠
一 原告
1 甲第一号証の一ないし三、第二ないし第六号証。
2 証人石原義友、原告会社代表者篠崎皓英。
3 乙号各証の成立はすべて認める。同第一一号証の原本の存在も認める。
二 被告
1 乙第一ないし第七号証、第八号証の一ないし一五、第九号証の一ないし一五、第一〇号証の一ないし一二、第一一、第一二号証。
2 証人時田和夫。
3 甲第四ないし第六号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立はすべて認める。
理由
第一本件更正処分及びその後の経緯などについて
請求原因一の事実(本件更正処分及びその後の経緯など。)は当事者間に争いがない。
第二本件更正処分の適法性について
そこで、次に本件更正処分の適法性について判断する。
一 被告は、原告の本件事業年度の所得金額は、原告の申告にかかる所得金額金一八七万五、七五一円に売上計上もれ金二、四〇〇万七、一一七円を加算した金二、五八八万二、八六八円であるから、その範囲内でした本件更正処分は適法であると主張するので、右売上計上もれの有無について検討する。
1 原告が、本件事業年度に、本件マンションを新築し、本件物件を篠崎皓英に代金合計金一、〇〇〇円で譲渡し、右譲渡益金を本件事業年度の益金として確定申告をしたことは当事者間に争いがない。
2 ところで、法人が資産を譲渡した場合の譲渡所得に対する課税は、譲渡に際してそれまでに発生した資産の値上り等による利益を含む資産利益に対して清算的になされるものであるから、たとえ、その譲渡が無償又は時価より低簾な価格でなされたとしても、その価格をもって資産利益額を決するものではなく、当該資産の譲渡時における通常の取引による時価相当額をもとに資産利益を算定すべきものであり、従って、本件物件について売上計上もれの有無を決するには、まず本件物件の譲渡時における通常の取引による時価相当額を算定することを要するものというべきである。
3 そして、右の時価相当額は、本件物件の取引に関して時間的、場所的同一性及び物件的、用途的同一性の点で可及的に類似する物件の取引事例に依拠し、それを比準として算定するのが、最も合理的であり、また、相当な方法というべきである。
4 この点について被告は、二〇二号室の取引が右の取引事例として最適であると主張するので、検討する。
本件マンションの譲渡状況は、別表(二)記載のとおりであり、二〇二号室と本件物件は、同一敷地上の一個の建物を区分したものであって同時に建築されたものであること、二〇二号室は昭和五一年一一月二六日原告から清水文雄及び清水和代に代金一、一二〇円で譲渡されているが、本件物件のうち二〇四号室はこれと同日である昭和五一年一一月二六日に、また本件物件のうち一〇三及び二〇三号室はそれから間もない昭和五二年一月五日、篠崎皓英にそれぞれ譲渡されていること、二〇三号室及び二〇四号室は、二〇二号室と同一階(二階)に隣接して所在し、一〇三号室は二〇三号室の真下の一階にあること、二〇二号室及び本件物件は、前記のとおり、同一敷地上の一個の建物を区分したものであるから、基礎・構造等は全て同一であり、いずれも事務所用として設計され、実際にも事務所として使用されていたこと、は当事者間に争いがなく、右事実によれば、二〇二号室の譲渡は、本件物件の取引に関して時間的、場所的同一性、更には、物件的、用途的同一性の点で近似性が高く、他に二〇二号室の譲渡事例以上に本件物件の取引に近似する物件の存在が認められない本件においては、二〇二号室の譲渡に比準し、本件物件の譲渡時における時価相当額を算定するのが、最も合理的で、相当な方法ということができる。
5 そこで、二〇二号室の譲渡事例をもとに本件物件の時価相当額を算定することとする。
この点については、二〇二号室の土地持分の価額、その持分割合、建物の価額、その床面積が別表(三)のとおりであることは当事者間に争いがなく、これに、証人時田和夫の証言から認められる同表(三)の二〇二号室の建物の価額にはその購入者である清水文雄らが特別注文した内装費の金五〇万円も加算されている事実をあわせ考えると、二〇二号室の土地持分及び建物の一平方メートル当りの譲渡価額は、別表(三)の計算関係どおり、土地については金一七万八、九七〇円、建物については金一五万七、九四八円となることは計数上明らかであるから、二〇二号室の譲渡と時間的、場所的同一性更には、物件的、用途的同一性の点で近似性の高い本件物件の土地持分及び建物の一平方メートル当りの時価相当額も右と同一であって、土地については金一七万八、九七〇円、建物については金一五万七、九四八円であると認めるを相当とし、これをもとに本件物件の土地持分及び建物の時価相当額を算出すると別表(四)のとおり、合計金三四〇〇万七、一一七円となることは計数上明らかである。
6 原告は、本件物件の時価相当額の算出については、固定資産税評価額、公示価格、日照時間等を総合的に評価して決定すべきである旨主張するが、時価相当額の算出については、必ずしも常に原告主張のような方法をとらなければならないものではなく、本件物件のように、極めて類似する譲渡事例があり、その譲渡事例の価格形成に特段の事情の存在を認めるべき証拠もないような場合には、その譲渡事例を基準として、時価を算定するのが相当である。
7 また、成立に争いのない甲第一号証の一、弁論の全趣旨から成立の認められる甲第六号証、証人石原義友の証言及び原告会社代表者篠崎皓英の尋問の結果によれば、本件物件については、当初から全体を原告の事務所として使用する目的であった(もっとも、会社経営上の配慮から篠崎皓英が原告から買受け、これを原告に貸与することとした。)ので、一〇三号室から二〇三号室にかけて内階段が設置され、二〇三号室にはトイレ等の設備がないこと、二〇三号室と二〇四号室は内扉が設けられていて、往き来が可能であること、なお、本件物件の日照条件は二〇二号室よりやや悪いこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右する証拠はない。しかし、これらの諸点も、本件物件及び二〇二号室の使用目的など前記諸事情をあわせ考えると、前記本件物件の時価の算定を不当とするほどのものとは認められないし、他に本件物件の時価相当額をさきに認定した金額より低額に認定すべき証拠はない(なお、前記甲第一号証の一、証人石原義友、同時田和夫の各証言によれば、別表(二)記載のとおり原告は本件マンションの三〇四号室を原告代表者篠崎皓英の妹の夫であり、原告顧問税理士である石原義友に代金八六〇万円で譲渡している事実が認められるが、この譲渡事例も時価に比し低簾であることは前記時田和夫証言によって明らかであるから、前記認定を左右するものとはいえない。)。
8 かえって成立に争いのない乙第四、第一一号証(第一一号証については原本の存在も争いがない。)、原告会社代表者篠崎皓英の尋問結果によれば、篠崎皓英は本件物件の購入資金一、〇〇〇万円の借入れを受けるため、二〇四号室のみについて、その売買代金を金一、四〇〇万円とする売買契約書を作成し、株式会社千葉銀行から住宅ローン金一〇〇〇万円を借入れたが、この際銀行は右売買価格(取得価格)を妥当であると判断し、昭和五一年一一月二六日、二〇四号室に債権額金一〇〇〇万円とする抵当権の設定を受けていることが認められるところである。
9 更にまた原告は、本件物件が二〇二号室と同様に原告の定めた売買価格である金一〇〇〇万円で売買されている以上、それが時価を形成する余地がある旨主張するが、右主張は到底採用できるものではない。
10 以上の次第であるから、本件物件の篠崎皓英への譲渡代金一、〇〇〇万円と前記本件物件の時価相当額三四〇〇万七、一一七円との差額金二、四〇〇万七、一一七円は法人税法第二二条二項に基づき原告の益金としてその所得金額に加算するのが相当であり、従って、原告の申告にかゝる本件事業年度の所得金額には被告主張のとおりの売上計上もれがあることになる。
二 而して、原告の本件事業年度における所得金額を原告の申告にかゝる所得金額金一八七万五、七五一円に右金二、四〇〇万七、一一七円を加算した金二、五八八万二、八六八円の範囲内で認定した本件更正処分は適法である。
第三結論
以上のとおり、本件更正処分の適法性についての被告の主張は正当であり、この点についての原告の主張は理由がないから、原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。
よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 篠原幾馬 裁判官 円井義弘 裁判官 小林春雄)
別表(一)
<省略>
別表(二)
本件マンションの譲渡状況表
昭和52年7月31日現在
<省略>
別表(三)
二〇二号室の土地の持分及び建物の一平方メートル当たりの譲渡価額(単価)
土地の持分一平方メートル当たり譲渡価額 一七万八、九七〇円
右は、土地持分の価額を持分割合で除して求めたものである。
(計算式)
土地持分の価額 持分割合
<省略>
右土地持分の価格及び持分割合は原告申立にかかる確定申告書記載による。
建物一平方メートル当たりの譲渡価額 一五万七、九四八円
右は、建物の価額から内装費を控除してその建物の床面積で除して求めたものである。
(計算式)
建物の面積 内装費 建物の床面積
(6,720,000円-500,000円)÷39・38m2=157,948円
右建物の価格は原告提出にかかる確定申告書記載による。
別表(四)
<省略>